<ナナイ地区植林現場>

歌は「モスクワ郊外の夕べ」ですが、毎春、日本人はハバロフスク郊外の森林に想いを馳せています。日本人の広い心が十分に発揮できるところがあるからです。今回のボランティアは、チョウセンゴヨウ林が10年ほど前に焼けてしまったところで植林作業を行っています。慣れた参加者は植林の豊富な知識を持って苗木の土を踏み固めますが、初めて参加するボランティアには、ハバロフスク地方森林管理局長が指導をしています。

ボルトルシコ局長:『このようにして踏み固めるのです。来年の春の雪解け水によって苗木が土から掘り起こされないように、植える時に出来るだけしっかり踏み固めなければなりません。』

公務員を退職して現在年金生活者である福原修氏は、極東ロシアに初めて来ました。ボランティアの募集についてインターネットを通じて知りました。

福原修さん:『私が知る限り、ロシアから日本へ大量の木材が輸出されています。ですから感謝を込めて極東の森林の復活に参加したいと思いました。』

Q どうして植林ボランティアに参加されたのですか?また初めての参加ですか?

A 初めての参加です。以前から環境問題に興味があり、一度このようなボランティアに参加しようと思っていました。また、地球の温暖化が続いているなかで、広大な森林地帯を有するロシアでは山火事が多く自然が破壊される聞いています。このことは地球温暖化に繋がると思いますので、植林を行うことにより地球温暖化が少しでも防げればと ・・・。また、ロシアと日本の友好親善にもつながると思います。我々の行っていることは小さいけれども、 この小さな一歩が大事だと思い参加しました。

Q 温暖化は、防げますか?

A 地球の温暖化を少しで防ぐことが、我々の使命と思い未来の地球のためになると思います。

Q 植林ボランティアに参加費は、公費負担ですか?

A いいえ、全額自己負担です。

Q 参加費は、高いですか?

A ボランティアですから。

Q 植林作業は、大変でしたか?

A 営林所長から、3,000本のチョウセンゴヨウマツを植林してもらいますと言われたときは、当初、参加者18人で全部植林できるか心配でした。

Q 植林が終わってみてどうでしたか?

A 所長の懇切丁寧な指導により、大した疲れも無く無事終えることができ、ほっとしているところです。また、来年も環境保護のために植林にやってきます。植林したマツの成長を見るのが楽しみです。

ロシアにこのようにして森林を戻すアイデアを考え出したのは「むさしの・多摩・ハバロフスク協会」です。15年ほど前からエコツリーズム(環境保護ツアー)は日本の年金生活者の間でかなり流行っています。一日中新鮮な空気の中で過ごし、ゆっくりした散歩場所もあります。特に楽しいのは、前年に植えた木を確かめることです。しかし、定期的に生じる火事の事件なしには、なかなかいきません。

安藤理事長:『このような事件は受け入れざるを得ませんが、火災で消失したら、何度でも来て、再び植林を行いたいと思います。でも、森林火災にならないように、ロシアの皆さんには、気をつけて欲しいです。』

日本人により植林されたチョウセンゴヨウ林は、既にハバロフスクの郊外にあるボロニェジやヘフツィルで見られます。それぞれの営林署では、このような森林を特別管理地帯としています。

ボルトルシコ局長:『我々は植林した木を保護しています。なくなった苗木の代わりに営林署の手により新しく苗木を植えます。現在は、2年生・3年生、あるいは5年生とか6年生の苗木が見られます。』

酒本夫妻は、世界をめぐって旅をしていますが、ハバロフスクに来たのは二回目です。植えた苗木が、どのように生長していくのかを楽しみにしています。

<平和慰霊公苑>

本日、日本のボランティアはハバロフスク市内に木を植えました。今回のために、わざわざ日本から数十本の桜の苗木を持ってきて、日本の抑留者の記念碑のところに植えることになりました。1995年にここに平和慰霊公苑が出来ました。今日現在までは、ここには草ばかり生えていました。極東地域では本来、桜が慣れにくいものだと日本人にはよく分かっています。ハバロフスクに桜を植林する前回の試みはほとんど失敗に終わりました。にもかかわらず、日本の人々は、再び試しに来ました。

高橋総領事:『我々にとっては、日本のシンボルである桜をハバロフスクに根付かせることは夢であります。』

ボランティアは、ボリショイヘフツィルの友好の森にも唐松やチョウセンゴヨウを植える予定とのことです。

記者:クルチェンコワN.、プシカリョフN.